「わたしは、いつも素手。このほうが花の感覚がつかみやすいんですよね」
腰にシザーケースを下げたフラワーディレクターの古屋さん。動きが颯爽としている。
社内で「手袋を着用する人」としない人の割合は半々くらいらしい。「手が荒れる人もいるので」と答えつつ、素手で菊を折り、スッと挿す。作業場を案内していただいた上司の小鎚さんが、背後から補足説明していただいた。
「菊は手で折ってスジをだしたほうが水揚げがいいというのもあって、手折りでないとダメだと言われたりしています。ただ、バラやカーネーションは手で折ると水を吸い上げる道管を潰してしまいます。なのでハサミなどを使って水揚げをします」
小鎚さんが見本にカーネーションを一本抜き取り、45度くらいの角度でカットする。シャープだ。
「水を吸い上げる面積を大きくし、モチをよくする。ほかにも小手毬(こでまり)は叩いて繊維を潰したほうがいいとか、花によってもちがう。式場は冷暖房が効いていて、とくに暖房にあたると翌日には傷んでしまっていることがあります」
カットされたカーネーションの断面を見てわたし、花瓶に挿すときは今度からそうしようとおもった。
花祭壇の製作現場を見学したいという申し出を受け入れていただいたのは、世田谷区桜新町にある「ユー花園」さん。昭和37(1962)年、下北沢の5坪の店舗からスタート。いまや百名を超えるフラワーディレクターを要する老舗だ。

フローラルイベント事業本部本店業務部 小鎚健さん
「ひとりでやれるようになるのは一年半くらいからですかね」
一月中旬。この日、作業を見せてくれたのは古屋侑希(ゆき)さん。春には勤続10年目をむかえる「中堅社員」。作業場を案内していただいたのは、フローラルイベント事業本部本店業務部の小鎚健さん。
簡単に「ユー花園」での生花祭壇の製作の流れをまとめると、まず担当者は注文用紙に目をとおし、仕様を写真にした「カタログ」のファイルを選び出す。
カタログには自社のものと、取引先の葬儀社オリジナルのものとがあり、それぞれに「型番」がふってある。これをもとに準備にかかる。
カタログのある作業場の事務室を覗くと、カレンダーに目がとまる。「友引」が一目でわかる優れもので、小鎚さんから「ああ、これは棺製作の協和木工所さんから毎年いただくもので業界ではよく使われているものです」と教えていただく。取材者はそういうのが珍しいのかという顔をされる。

友引が一目でわかる優れものカレンダー
「ちなみにきょうは友引前で、告別式の『ご案件』がほとんどです。ですので、生花祭壇の設営もあまりなくて、比較的出勤社員数が少ないです」と小鎚さん。この日に見学させてもらえたのもそういう事情かららしい。ひっそりとはしているものの、それでも作業着姿のひとたちを何人も目にする。
注文用紙とカタログを照らし合わせると、担当者はグリーンの生花祭壇製作台を調整し、その上に花を入れる器(プラスチックやステンレスの器に吸水性スポンジを敷き詰めたもの)を配置していく。ここでは皆「オアシス」とよんでいる。そして、驚くことに業界ではいまでも「尺」で計算するのが常識らしい。
「120cmが四尺、150が五尺、180が六尺。それぞれ、四尺テーブル、五尺テーブル、六尺テーブルと呼んでいます。高さが90cmだと、三尺高。ふだん『四尺のを持ってきて』とか言います。だから、新人がいちばん最初に覚える用語かもしれませんね」
長靴姿の古屋さんに、尺貫法を覚えるのって大変じゃなかったですかと聞くと、「入社して三ヶ月くらいは、ぜんぶメジャーで計ってたしかめていました」と笑顔をみせる。おふたりとも気さくで話しやすそうな人だ。インタビュアーとしては出会った最初のやりとりがいちばんドキドキする。
工場のような広さの作業場を見回すと、完成済の祭壇と、何も載っていないグリーンの台組みだけのものとが所狭しと並んでいた。一度ここで完成させたのち、パーツごとに分解して運び出すということを繰り返しているという。

まず注文内容を確認し、カタログ見本を取り出す

受注リストの担当案件に製作担当者の名前を書き込む

花専用の冷蔵庫から、花材を運び出す

吸水性スポンジに水を含ませる

生花祭壇製作台の上に、ベースをセット

メジャーでサイズを測り、ときおりカタログと見比べながら挿していく

全体の形が出来上がったあと、バランスを見ながら最後の調整

カタログどおりに仕上がっているか、型番通りであるか、内勤担当者が最終チェックするのがルール

出来上がった生花祭壇を分解して、1階の荷捌き場まで下ろす

斎場で使用する台を積み込む。
台は、がっしりとして重そうだが、古屋さんの動きはテキパキしている

最後に花を積み込む。
その後、自分でトラックを運転して斎場へ運びこみ、セッティングするまでが一連の流れ
花の載ったオアシスベースを台車に積み込み、4階の作業場から1階の荷捌き場までエレベーターで下ろす。現場で組み立てるテーブルなどの道具類とともにトラックに積み込み、ホールへ配送、設営まで「担当」さんがひとりで行う。つまり、ドライバーも。
せっかく完成させたものを分解するなんて何だかもったいないと思ってしまうが、「いまは現場で製作することはほとんどありません」と小鎚さん。葬儀の式場での設営は午後2時、3時からの場合が多く、お通夜の開始時間から逆算して4時には設営を完了させないといけない。製作時間を考えると間に合わないということらしい。
「中には、現場で作ってくださいというお客様(葬儀社様)もいらっしゃいます。つまり、職人がこうやってつくっているんだということを見てもらうことに付加価値をおいておられるんです」(小鎚さん)
古屋さんが花を挿す動作を目で追いながら、完成品を見て誰が担当したのか分かったりするものなんだろうか? 小鎚さんに聞いてみた。
「生花祭壇の中でも難易度が高いものや大きいものになると技術の差が出てくるので、その場合はだいたいわかりますが、一般的な生花祭壇だと、製作時間にばらつきはあるものの、ほぼカタログどおりに製作するよう指導をしていますので、わからない場合もあります」
一定の技術に達した職人さんたちがカタログにそってつくりあげるわけだから、完成したものにバラつきがあってはいけないというのもあるのだろう。では、「職人」たる技量差はどこに出るのだろうか。小鎚さん、名刺を拝見したときに「AFFA生花祭壇技能検定S級」と肩書きの下に記載されている。AFFAは一般社団法人フューネラル・フラワー技能検定協会の略称で、ユー花園さんが技能向上のため立ち上げたもので、S級は5段階のトップにあたるそうだ。
「たとえば菊のライン。花の向きをどう挿せば、いちばんきれいに見えるのか。カーネーションも、なめらかな曲線になるようにしないといけない」
──ベテランになるほど瞬時に判断して、挿していける?
「そうですね。作成時間の目安があるので、うまい人とそうでない人では時間に差が出てしまう。挿し直したり、後ろに下がって確認する頻度だとか。その作業とスピードは関係します」
トラックへの積み込みまでの作業を見せてもらった後、古屋さんに社内を案内してもらった。

さまざまな色の「ご遺影額」
生花祭壇に飾るご遺影に、生花祭壇に合わせた色の額をつけることがあるようで、収納されている倉庫内は、映画のセットをつくる部屋のようだった。社内で「先生」と呼ばれる筆耕士さんたちが机を並べる部屋は、静謐な空気が漂っていた。
パソコン文字をプリントアウトして張り付ける簡略化がすすむ時代に、いまでもこの会社では「手書き文字」を大事にしていると聞いて、ぜひ覗いてみたいと思っていた場所だ。

フラワーアテンドサービス部筆耕課 柳下匠さん
「先生」たち、規模の大きな葬儀になるとホールに出かけていき、ご供花の名札などをその場で書き上げるのだという。黒澤映画の「用心棒」みたいだ。先生のおひとりの筆捌きを拝見。ぶしつけながら、きれいに書くコツをたずねると「配置ですね」と一言。配置ですか?「はい」。
古屋さんについて、ふだん職人さんたちが使う階段を上がっていくと、踊り場に靴箱が並んでいた。「現場に行くときは革靴なので」と古屋さん。作業場は水をつかうためフロアーは滑りやすい。そのため長靴でないといけないが、葬祭ホールに向かうときはスーツに着替える。ここで靴を履き替える。気持ちのメリハリをつける場所でもある。