そう、わたし欲張りなので(笑)

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 話し口調がふんわりとした古屋さんだが、両手の指に傷テープが巻かれている。さらにこのあと話を聞いていくと、じつは根はスポコン的な熱血タイプだとわかってくるのだった。

「大学では(花のことは)何もやっていなかったので、デッサンもいま勉強中で」ニ年前からデザイン学校で勉強中。絵が描ける後輩たちを見ていて思い立ったらしい。

──会社のホームページを拝見していると、動画サイトに「花で文字を描く」デモンストレーションが投稿されていて、とくに習字の文字を祭壇で表現していたのにはびっくりしました。

「あれは、すごい技術がいるんですよね。わたしは検定のA級なんですが、さらに上のS級の上の人でないと出来ない。筆文字のハライを花で描くというのは相当難しくて。花の大きさ、粒とかも確認しないといけないですし。わたしは、まだ無理かなぁと」

──さっき小鎚さんに教えてもらったんですが、古屋さんは「ジャパンカップ」というフラワーアレンジメントの大きな大会に東京地区の代表として出られるんですよね。説明を聞いていると、すごいなぁと思ったんですが。

「でも、ジャパンカップと生花祭壇はまったく別の世界というか、アレンジメントは装飾的な花の技術が必要なんですが、祭壇にはまた別の技術が必要で、花の扱い方がちがうんです」

──そこを素人にもわかるように説明してもらえますか?

「うーん。……たとえば、器に載ったアレンジメント的なものは、まずお花のチョイスが必要となります。祭壇をつくる場合は、カタログにあるような決まったものを短時間でカッチリつくりあげる、そのことに特化しているんですが、花を選ぶというのはセンスなんですよね」

──センスということは「個性」に通じるんでしょうか。

「個性。そうですね。あ、あのぅ、さっきの話(仕事のモチベーションは何か)のつづきになりますが、曖昧な言葉から想像して祭壇をつくるという、オリジナルなものを提案できたときですかね。カタログ通りだと三年、四年めで出来るようになるんですが。この人だからこその祭壇というのは時間がかかるんですよね。いまはやりとりしながらつくるというのをちょっとずつやっているんですけど」

──そうか。モチベーションのこと、ひっかかっていたんですね(笑)。ちゃんと考えて答えてもらえてうれしいです。でも、仕事してオリジナルの祭壇をするには基本をおさえてのことなんですよね。

「そうですね。社内的にもカタログ商品ばかりだと飽きられるので、ぜんぶオリジナルでやりたいくらいの勢いがあった時期もあったんですよ。でも、やりがいがある反面、毎回オリジナルをつくるというのは大変なんですよね。材料も一つずつちがってくるし。一つずつ、それに合わせて花を仕入れるとなるとロスも出てきますし。それでいまはカタログが中心になっているんですが。

 それで、さっきのジャパンカップと祭壇の対比は、洋食料理が得意なシェフと和食の料理人、それぞれ専門じゃないものをつくるときに不得手なものがあるという感じかもしれませんね。花の見せ方のジャンルがちがう。ただ、わたしはどっちもやりたいんです」

──どっちも、ですか?

「そう、わたし欲張りなので(笑)」

──いいですね、よくばり(笑)。前向きで。これから五年後のイメージはどうなっていますか?

「入社のときには、そこまで思っていなかったんですが、お花を一生触っていたい。それくらい花が好きになっていて、ただ体力がいつまでもつか。積み込みとかを考えるとねぇ。女性社員は32、3で結婚して事務職に変わったりすることが多くて。でも、わたしは現場を離れるのはいやなんです」

──ずっと現場に立ちたい?

「花に触れないならいる意味がないくらいに思っていますね」

──会社では、ブライダルの仕事部門もあるんですよね。

「ホテルのウェディングのものもありますが、それはたまにやらせてもらえるくらいで。花祭壇とはまた挿し方がちがって、花祭壇が上手いからホテルの花も上手く挿せるというわけではないんですよ」

──そういうものなんですか。

「たとえば花祭壇は『面』をつくるんですよね、お花で。逆にホテルの装飾は『形』をつくってはいけない。お花が生きているように見せるように挿す。花祭壇は人工的なものなのに対して、ホテルの花は人工的だとダメなんですね」

──ああ、なるほど。ホテルの花は躍動感が大切だと。

「そうです。だけど、ホテルのような挿し方を花祭壇でされると困りますよね(笑)。だから、どっちも臨機応変にできるというのが理想ではあるんですが」

──同じリングの格闘技だけど、ボクシングと総合格闘技くらいの差があるということなのかなぁ。

「そうかもしれないです。ルールもちがうし。イチから勉強しないといけないぐらいちがうものなんですよね。でも、わたしの尊敬する先輩は、ホテルも葬儀もできる。17年くらいやられているんですが、デザインもぜんぶちがうものができる。その人を目指しているんですよね。それでまた、その人は見て覚えろの人なんです(笑)」

画像: インターンの学生へのデモンストレーションのために、古屋さんが挿したアレンジ花

インターンの学生へのデモンストレーションのために、古屋さんが挿したアレンジ花

──ところで、葬儀に関わる仕事に就くときに抵抗はなかったですか?

「そうですねぇ、入社当初はありましたね。当時は葬儀の仕事もあるし、ホテルの仕事(ウェディング)もあるという曖昧な感じで、合わないというので辞めていく人もいました。それで数年前から、入社前に現場を見るようになってからは嫌で辞める人はいないですね」

──古屋さんは現場を体験するうちに考えが変わってきた?

「慣れたというか。毎日のことですから。前は、お棺を前にしてご家族さんが泣いたりしているのを見たりするのを見るとね……。お花を入れるときにも手伝いをするんです。お花を切ったりする。そういうときにはもらい泣きしたりしていたんですけど、いまは仕事だというふうに。でも、入社間もない頃は、みんな泣くんですよね」

──泣かなくなるというのは、仕事という自覚が芽生えるということなんでしょうね。

「そうですね。仕事という。もういつからかわからないんですけど、人から聞かれたら葬儀のお花の仕事をしていると言っていますね(笑)」

──最後の質問になりますが「いま二番目に大事なこと、あるいは大切なものって何ですか?」。一番は答えずに教えてもらえますか。

「ともかく、いまはお花がうまくなりたい。一番は花で、二番は、うまくなりたいですね(笑)」

──「一番」も答えちゃいましたね(笑)。

「アハハハ。とにかく、上には上がいると思い知らされたので。それまでは、そんなには思ってなかったんですよ。でも、昨年ジャパンカップに東京予選に頑張って通って、次は本選に出るんですが、百人くらい集まるんですよ。いまのわたしの実力だと百位くらいだろうなって」

 この取材で初めて知ったが「JFTD(社団法人日本生花通信配達協会)ジャパンカップ」は、フラワーデザイナーたちの精鋭が集まる、業界でいう「甲子園」に相当する「ものすごい」ものらしい。9年目はまだまだヒヨっこ。出場者中、女子は2割くらいとツワモノの男たちが技能を競う熱気にみちた世界らしい。

「わたしなんてまだまだ」と恥ずかしげに口にする古屋さんだが、おっとりしていそうで相当負けん気がつよいのだろう。デッサンの勉強だけでなく、休日には生け花の教室にも通っているのだという。そればかりか業務終了後も、アスリートが「居残り特訓」するように作業場で、ひとり自主練習をすることも。

「もうみんなにバカだと言われています(笑)。でも、お花の技術って、徐々に上達するのではなくて、急にグンと上がるんですよね。お花に触れば触るほど上手くなる。だから、いまは山の頂が見えるところに来られて登るのが楽しいんだと思うんです」

インタビュー・構成/朝山実
写真/山本倫子

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株式会社ユー花園
古屋侑希(フラワーディレクター)
https://www.youkaen.com/


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