「毎日クラブで遊んでいたんですよ。ひとりでお店にいっては、居合わせたお客さんと仲良くなると『きょうは、もう貸しきっちゃいます』って。それがストレスの発散になっていたんですが、さすがにマズイと思って、次の会社が元々は石屋さん。お墓や仏壇を販売していた会社が自社で葬儀部門を立ち上げたいというので入ったんです」

 葬儀のキャリアは十分。自信満々で入社したものの、早々に鼻っ柱をへし折られることになる。

「前の会社では(営業せずともお客さんが)向こうからやってきていたので、相見積もりの経験もなかった。新しいところは、独自の強みがあるわけでもないから取れないんですよ。これはマズイとなって、電話相談をきっかけにしてお客さんを呼び込むスキルを磨こうとした。もう、いろんな本を読みました。詐欺師の本だとかも(笑)。

 どうやったら僕のことを信じてもらえるか。とにかくお客さんがやりたいことすべてに『やれます』と答えていったんです」

 会社は小さい。価格競争では勝ち目はない。桑原さんが選択したのは「すぐに資料を届けにいく」だった。

「狙いは、お客さんと友達になること。誰でもそうだと思うんですが、友達をそうそう裏切ったりしないですよね。電話で相談を受けたら、鞄も資料も持たずに出かけていって、話をうかがったら『これから会社に戻って、すぐに資料を用意してきます』ということをやっていました。そうすると、多少金額は高くとも、僕に電話がかかってくるようになったんです。『あいつ、すぐやって来るし、なんか面白い』というので」

 桑原さん、読み漁った本の中に「詐欺の本」をあげていたが、いっぽうで呆れられるくらいの営業努力を傾注していたようだ。しかし、「管理職」を要望されたのをきっかけに3年で退職、現在の会社に転職する。

 なぜと聞くと、「僕にとって大事なのは、お客さんがハッピーになることなんです」という答えが返ってきた。変わったひとだ。

画像2: こう見えて僕、けっこう人見知りで。 人と接するときは何かしら演じていたりする

──葬祭の仕事なのに、ハッピーですか?

「バアちゃんがよく言っていたんですが、『困っている人がいたら、一緒に困ってあげなさい』。ひとりの力は、たかが知れているけれど、一緒に困ってあげていると見えてくるものがある。

 小さいときから耳にしていて。だから、こちらが提案したものでハッピーになってもらえたら楽しい。というような話を、面接のときにココの社長とできたんです」

 それで入社を決めた。ハウスボートクラブでは「海洋散骨」だけでなく、「終活全般の相談」にも対応している。心のケアを含めた「相談」に自分は適していると考えたのだという。

「大学は、生命倫理や死生観を突きつめたかったので、立正大学の哲学科を選んだんです。大学のランクはともかく、いい先生が揃っていたので。それで学生時代、末期がんの患者さんに話を聞きにいくボランティアをしたりしていたんです」

 意外というと桑原さん、髪をやや明るく染め、テンポよい喋りから「チャラい若者」の印象だったのだが、就職後は「わがまま言って自分が選んだ学校に通わせてもらったぶん、毎月の給料から学資を両親に返していた」という。

「それで、親はきっと僕の将来を考えて、そのお金を貯めてくれているんじゃないかと思うでしょう」

──ええ、思います。

「でも、家に戻ると『このあいだ、あれ買ったよ』ってぜんぶ使っている(笑)。使ってやるのがいいと思っているみたいで」

──おもしろい親子だな(笑)。

 桑原さん自身、どうも「お金に執着心がない」らしい。あれば、あるだけ使ってしまう。「刹那的」な生き方をしているという自覚があるらしく、半年サイクルで彼女にフラレてしまうのもそのあたりが原因ではないのか。お節介ながらツッコミをいれると、「そうかもしれない」と笑って同意はするものの、あらためる気はまったくないようだ。

「だって怖いじゃないですか。このあと突然、車に轢かれて終わるということもあるわけで。それなら毎日楽しく」

 人生は楽しむものというがポリシー。だからいまの喪の仕事についても「遺された人たちには、楽しい思いになって帰ってもらいたい。そのための手伝いをしたい」のだという。

──体験クルーズを見学させてもらって、予想していたのと違いました。模擬だというのもあるにしても、なごむというか。桑原さんが入社される前から、会社としての海洋散骨の形式は変わってないんですか?

「基本は同じですね。きょうは体験だったので、とくにそう感じてもらえたと思うんですが。パーティー形式ではなく、しめやかなものがいいということであれば、もちろんそうすることもできます。ただ、会社としては、散骨によって気持ちの区切りをつけてもらい、笑顔で帰ってもらうというのを大切にしています」

──船の中で、ひとつ気になっていたんですが、清水さん。ウェイター的な仕事をしているときに、服のサイズが合っていないように思えたんですが。

「ああ、そうなんですよ。彼は(いまの会社に入る前は)大型貨物船の乗組員をしていて、スーツとかは持っていなかった。
 お客さんの前に出ることもあるからというので買ってこさせたら、サイズとかよく分かってなかったみたいで(笑)」

──そんなことを気にしないのか、彼がきまじめに接客しているのを眺めていると「すごく、いい職場だ」と思えました。

「逆に、そんなことにこだわっていて、お客さんのことを見ていないということが多いので、世の中には。だから、ちゃんとお客さんとのことがやれているのなら、そこまで厳しくは言わない。会社としては、お客さんのことを大事にしてほしい。そういう方針をとっている。これは、まあ、僕の勝手な解釈なだけかもしれませんが(笑)」

──規則に厳しい企業だと何かしら小言を言われたりするでしょうに。

「そうだと思います。でも(葬儀の仕事は)髪をきちっとして、真面目そうな印象のやつばっかりだから、そうすると見分けがつかない。『なんかチャライあんちゃんだなぁ』と思われることからスタートしたほうが、振り幅が大きくなるんですよ」

 ギャップを生かすというのか。桑原さんがたとえ話にあげたのが、問題児だった元ヤンキーが更生すれば評価がふつう以上にアップする。そういう狙いはあるらしい。あえてカジュアルないでたちを選び、着実に成績を上げていった。

 もちろんただの「チャライやつ」ではない。勉強してきた宗教に関する知識や現場の経験が支えになっている。実力があるからこそ、多少の目立つ部分も「愛嬌」として許容されもしているようだ。

画像3: こう見えて僕、けっこう人見知りで。 人と接するときは何かしら演じていたりする

──ところで、五年後に自分がどうしているか、考えたことありますか?

「考えたことないですね。ここでコーディネーターをやっているかもしれないですし、もしかしたら違う仕事をしているかもしれない。僕、ほんとうに将来のこととか考えないんです」

──そういう桑原さんが、では、どうして葬儀の仕事を選んだんですか?

「さっきも言ったように、大学で学んだことがあったのと、昔たすけられたことがあったんです。こういう仕事って、お金を稼ぐためだけという穿った見方をしていたとき、葬儀の担当さんを見ていて、心遣いのある働き方をするんだというふうに思った。

 もうひとつは、卒業してから久しぶりに会ったりするときに、『おまえ、今なんの仕事しているの?』『毎日ご遺体を見ている』と話したほうが、ええっ!?となるでしょう。

 マジメに言うと『良い仕事』だというのと、ネタにできそうだというの。一石二鳥だと。実際まわりにそういうやつがいないから、食いつきがいいんですよね。」

 新卒入社した葬儀社の同期は6人だったが、半年後、残っていたのは桑原さんひとりだったという。「続いた理由」を尋ねると、「語弊がありますが、楽しかったというか、日々すべてが自分のスキルになっているという実感があった」のだという。

「最初はドライアイスを置くことしかできていなかったのが、経験を積むと千人くらい来る大きなお寺での式を任せてもらえるようになる。自分がレベルアップしていくというか」

──達成感がある?

「そうですね。葬儀業界の仕事は、真摯に向き合っていると『ありがとう』しか言われない。ほかの仕事よりも、嫌なお客さんは少ないですし」

──でも、感謝の言葉というのは次第に慣れていくでしょう?

「ええ、そうなんです。葬儀屋さんにとって『ありがとう』は当たり前の話。そう言われないといけない。そうすると次は、顧客にどう感動を提供できるか。故人の好きな物が何か詳しく聞いたりせずに、部屋を見ていて、黙ってこういうものを趣味にされていたんだなということで飾りつけをする。

 たとえばコーヒーが好きな人だとわかると、祭壇にコーヒーを淹れたカップを置く。気づいてもらえたら感動につながる。そういうことをどんどん増やしていく。そうすると自ずとお客さんが何を望んでいるかを察せられる。これはもう葬儀に関わらず、どの仕事についても当てはまる。そういう考えではいます」

 語りきったあと桑原さん、照れた表情を見せた。予定の90分を過ぎようとしていた。

──そろそろ、まとめに入りましょうか。

「えっ、本当に、こんなのでいいんですか? (なぜ葬儀の仕事を選んだのか)ちゃんとした話をすると、おじいちゃんが亡くなったときに葬儀屋さんが頑張っているのを見て、こんな仕事があるんだと思ったというのとか、死生観について色々と勉強し、さらに散骨の仕事にたどり着いたんです、とふうに話すこともできるんですが」

──スラスラっと喋られたけど、用意してきた答案みたいだなぁ。いつもはそう答えられているんですか?

「そういうふうに話したほうが好まれるという場合はそうですね。結局(自分にとって)嘘か本当かというのは関係なくて、お客さんが望んでいるのは何かなんだと思うんですよ。僕が本当はどういう人間かも関係ない。どう見えているか、なんですよね」

──「本当の自分は」と考えたりはしない?

「考えたことないですね。ああ、でも、いまは聞かれたことにちゃんと答えているので、本当ですよ。ハハハハ」

──「自分探し」をしたことは?

「ないです。探したところで、どこに行くんだということですよね。そもそも芯のある人間は苦手というか、こうでなければいけないという考えの人とは合わないんですよね。プライドとかはじゃまなだけ。どうすれば相手に好かれる。それが仕事にとってはいちばん大事」

「お疲れ様でした。ほんとうにこれで終わります」というと、桑原さんが眼鏡を外し、テーブルに置いた。たったそれだけのことだったが、一瞬わたしの中で印象が変わった。突然10歳くらい年齢が増したようにおもえた。

──眼鏡外すと表情がちがいますね。

「気が楽になったので外したんですが、眼鏡は基本的に人との間に壁をつくる用なんですよね。最初にかけるようになったときは、こう見えて僕、けっこう人見知りで。だから、何かしら演じていないと人と接するのが難しかったりする。たまに仕事中も近くに人がいないと外すことがあるんですが、そのときはモードがオフになるんですよね。こういうこと人に話したことなかったなぁ。ふふふふふ」

インタビュー・構成/朝山実
写真/山本倫子

画像4: こう見えて僕、けっこう人見知りで。 人と接するときは何かしら演じていたりする

株式会社ハウスボートクラブ
桑原侑希(散骨コーディネーター)
https://hbclub.co.jp/


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