将来、食堂兼居酒屋さんをやりたいんです
理想は『深夜食堂』
高山さんに「葬儀の仕事」を選んだきっかけをたずねると、「この会社で働きたいと思った」のが先なのだという。
「大学2年生のとき、自分が将来何をしたいのか。考えていくと、どんな人たちと働くかが大事だと思ったんです。
バイトをしていたときに、職場の人間関係が最悪でやめたというのもあったんですよね。それで、逆にそういうストレスのない職場なら何でもいいくらいに思っていたので、まず理念から選んでいったんです」
「理念、会社」とネット検索。いいな、と思うものを次々ブックマークしていった。「中学生の頃は、児童養護施設とかで働きたい」と思ったこともある。
資料をみると、好きな本として山田詠美の『ぼくは勉強ができない』をあげていた。「人の濃い部分に興味がある」という。
「福祉系に興味があって、フリースクールで働くことを調べていたらNPOにたどりついた。ここなら働く想いを優先している人たちが多いだろうと考え、体験でいったんです。
でも、違和感があった。やってあげている感がして、これはちがうなって。いろいろ探しているうちに『就活』が始まって、ブックマークを見返していたらアーバンが新卒募集をしているのが目にとまったんです。
説明会を聞きにいったら、すごくしっくりきたんです。『100人いたら100通りの葬儀がある』。お葬式の会社で、そういうことをいうのはめずらしいんじゃないか。実際、仕事をしてみて、家族が違えば式の仕方もみんな違うんですよね」
──抵抗感はなかったんですか?
「自分はまったくなかったですね。逆に、面白いと思ったくらい。大学は京都造形芸術大というところで、一見葬儀とはつながらないんですけど。わたし、ひねくれているんですよね(笑)。ただ、親にはすごく反対されました」
──お父さんはおいくつですか?
「今年で60になります。父親にとって葬儀社は昔のイメージで、あまりよくない。しかも『よりにもよってどうして東京の葬儀社なんだ?』という。わたし、母親が高校一年のときに亡くなっているんですよね。だから東京に行くとお互いひとり暮らしになるので。でも、わたしも行きたい気持ちは譲れず、会社の受け売りで『100人いたら100通りの葬儀がある』とか言い返しながら、うまく言えないものだから喧嘩しては大泣きしていたんですよね。
最終的には父親がテレビを見たかなんだったかは忘れたんですが、自分のやりたいことをやらせてやったほうがいいよなという瞬間があったらしくして、こっちの様子をうかがいながら『やったらいいよ』と言ってもらえた。もう不器用に」
──もしも、お父さんが反対しつづけていたら?
「納得できないままに別のことを探していたかもしれないですね。でも、内定はもらっていたし、OKはくれると思っていました」
──いい親子関係だね。
「はい。いい、と思います。よく一緒に飲みにいったりしますし。ちゃんと説得しないまま、というのは嫌でしたから」
──葬儀業界に若いひとが増えているそうですが、きっかけは映画の『おくりびと』を観てというのが多いとか。
「知っていますが、いまだに見ていないです。ああそうかというくらいで。あの映画は納棺師の人の話ですが、(アーバンは)いわゆる葬儀屋さんという感じの会社じゃないんですよね。どちらかというとイベント会社を想像してもらったほうが近いかも。会社では『空間』を提供するとよく言うんですが、『葬儀』っぽい葬儀をやったら、怒られるくらい。もちろん家族がそれを望んでいたというならいいんですが」
──友達には、仕事のことを話したりしますか?
「言っています。おもしろいと言ってくれる人がまわりに多くて、引かれることはないですね。大学の先生は絶賛でしたし」
──ちょっと変わった葬儀社だということもあって?
「というよりも、業界が面白いって。いろんな可能性があると。誰もが死ぬんだから、そこに対してアプローチできるものがあるだろうって。芸術作品自体も『生と死』をテーマにしているものが多くありますから」
大学で高山さんは現代美術・写真コースを選択していた。「何かしたいものがあるわけではなかった」。進路に迷っていたとき、父親の知人のカメラスタジオを手伝い、料理の写真に湯気を加えて美味しそうに見せる作業を面白いと思ったのが契機になった。
「とくに写真の撮り方を教わったことはなくて、(授業は)撮ったものを見てどう思うかという話し合いをする。なんでこれを撮ったのか? どういう見せ方をするとそれが伝わるのか。みんなで話し合うなかで、考える力をつけさせてもらいました」
──そこから写真の仕事に進もうとはおもわなかったんですか?
「思わなかったですね。カメラを仕事に、とは。同じコースにいた人たちも、アパレルにいったり、飲食や広告代理店やITとか、いろいろでした」
──当時好きだった写真家を教えてもらえますか?
「ソフィ・カルさん。写真を通したプロジェクトがあって、たとえば、ひとりの人を尾行しながら写真を撮った作品があるんですね。無作為に選んだ人を尾行するんです。それが素敵なんですね。フランスの女性で」
──好きなポイントは?
「写真の使い方が面白いんですよ。その写真だけを見たら何なのかわからない。長いキャプションが混ざっていて読ませるものもあるんですが、見ている人がふと気づかされるなど、全体を目にすることでようやくわかっていく、物語のような構成をとっているんです。
どちらかというと社会派の人の作品が好きというか、問題意識があり、それを伝えるために写真や芸術を使う。そういうのが好きなんですね。
すみません、話が下手で」
ネットを検索、写真の一部を見せてもらった。現代アートと「お葬式」はどうつながるのか? 下手といいながら伝えようとする賢明さが印象に残った。
「お葬式は人の背景を知る仕事」だからやりがいを感じると高山さんはいう。ソフィ・カル、わたしと年齢もちかい。とりあえず図書館で写真集を見ようとしたら「尾行」する本は貸し出し中だったので予約を入れた。
式の進行の合間をねらっての断続的なインタビューを始めてから早5時間。最後、高山さんに「5年後もこの仕事をしていると思いますか?」と聞いてみた。「どうかなぁ」という。叶えたい夢があるらしい。
「食堂兼居酒屋さんをやりたいんです。おばあちゃんになってからでもいいんですけどね。理想は『深夜食堂』。ドラマや映画にもなっていますが。どんな世代の人も来られて、お客さん同士で話せる。それでいて干渉しすぎない。べつに居酒屋でなくてもいいんですけど、お酒を飲むのがわたしは好きなので、そういう場所がもてたらなぁと。ゲストハウスでもいいですけどね」
──ひとがやって来る場所?
「誰かの居場所を提供する側になりたいんですね。そのときに、いまの経験はすごく役立つと思うんです。話すことは上手くはないんですけど、聞くのは好きなので、だからわたし、いつもついつい打ち合わせの時間が長くなってしまって」
──葬儀と居酒屋は、高山さんの中ではつながっているんですね。
「芸術と葬儀もそうなんですけど。大学のときに高校生に向けた新聞をつくったりして広報活動を手伝ったことがあるんですが、そのときに教えてもらったのが『目的と手段』という考え方。目的とするものが決まると、あとは早いよという。芸術も葬儀も何をするか。テーマがあって、そこから始まるということでは似ていると思うんです」
──なるほどね。ところで、高山さんは、仲間内ではなんと呼ばれています?
「ミサキです。呼び捨てですね。というのも、同期にもうひとり高山がいたので名前で呼ばれるようになったんですね。社長も『ミサキ』ですし。後輩は『ミサキさん』。
由来は『キャプテン翼』の岬太郎くんではなく(笑)、灯台の岬からだそうで、そこを拠り所にして人が集まってくるような存在になってほしい。そういう意味合いなんだそうです。男女どちらでも大丈夫なようにという意味もあったらしいんですけど。それで、お客さんからも名前に突っ込んでくれる人が多くて。『山と海で情景が浮かびますねぇ』『ああ、ありがとうございます』ってコミュニケーションがうまれるので助かっています」
ハキハキして物怖じしない性格におもえる高山さん。小柄で童顔なこともあり「ほんとうにあなたが担当するの?」とお客さんに言われることもあるそう。入社4年。会社では「ベテラン」にあたる。お客さんの視線から口にはしないが「ナニクソ」と燃えるらしい。
「なります。めちゃくちゃ、やる気になります(笑)。負けん気だけは強いので。終わったときに『うちの孫にも見習ってほしいわ』とか言ってもらえると、いいえとんでもないですと言いながら心の中で『ヨッシャ!』て(笑)。そこは母親に似たんですかね。父親よりも9コ上だったんです。カカア天下で。もともとはスナックのママをしたりしていたんですよね。父親はお店のお客さんで、ビビッときたらしいです(笑)」
──両親のなれそめは誰から聞いたの?
「両親からです」
──へぇ(笑)。
「わたしが出来て結婚したんですけど、わたしがいま26で、父親が33くらいのときだから、母は42か3のときですよね。生まれたときは超未熟児で30cmの800gしかなくて保育器に入っていたそうなんです」
──とてもいい親子関係ですね。
「ええ。秘密をもたないでオープンに話すので、仕事の面でも、こちらがいろいろ話すとお客さんも話してもらえるんですね。最近、父親が仕事で上京したときにうちに泊まったんですが、いま働いている職場の人たちも誘って四人で飲んだんです。そのときに(先輩から)『わかるわぁ、この子が生まれた理由が』と言われました。似ているんでしょうね。父親はぜったいこれを読むと思うので、話していてちょっと恥ずかしいですけど」
インタビュー・構成/朝山実
写真/山本倫子
株式会社アーバンフューネスコーポレーション
高山岬(エンディングプランナー)
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