━━地域差もあるでしょうが、昔はお寺で習字を習ったり、境内でラジオ体操をしたりといったことがあったように思うのですが……仏教離れとか檀家離れといった言葉とともに、社会の中でお寺の存在感は薄れているように感じます。

 まずはその現実を認めなくてはならないと思います。でも日本人の多くが仏教の教えはおかしいとか、お寺なんてなくなってしまえば良いとか、そんな風に考えているでしょうか。それは真実ではないと思います。

 よく日本でも「私は無宗教だ」とか「無神論者だ」といった類いのことをいう人にお目に掛かりますが、欧米などでいう無神論者とは全く違うと思います。彼らの多くは、死後の世界など全く認めていませんし、亡くなった方の遺体について単なる物質だと考えています。

 日本で自らをそう評する人のほとんどは、普段、宗教や神を意識した生活を送っていないというだけで、実際に大切な人が亡くなった場合、なんらかの方法……本人なりの手厚いやり方で、弔ったり埋葬したりしようとします。そして実際には多くの場合、仏教やお寺がなんらかの形で関わることになります。

━━お寺の困窮の原因はどういったところにあると伊藤さんはお考えですか。

 厳しい言い方になりますが、やはりお寺というものが、普段の生活において必要のないものとして一般市民から見放されている面が大きいと思います。私自身はお寺という存在について、①教え(仏教)そのもの、②建物や仏像など物質的側面、③僧侶、の3つの要素で構成されると思います。仏教の教えそのものや施設についての不満を耳にすることはほとんどなく、問題の多くは3つめの僧侶にあると言わざるを得ません。

 この仕事の難しいところは、言いにくいことをいかにして伝えるかということです……常に苦労していますが(笑)。我々が一番気になることの一つが、住職のご家族の生活空間とお寺としてのパブリック空間をちゃんと分けましょうということです。子どものおもちゃをおきっぱなしにしないとか、奥様が着の身着のままで出てこないとか、掃除をきちんとしましょうとか。お寺を、寺族と特定檀信徒の私的な空間として閉ざすのではなく、常に他者を迎え入れる開かれた空間にしようとする情熱が必要です。

画像3: トップインタビューvol.12 株式会社アンカレッジ 代表取締役 伊藤照男氏

━━そういったアンカレッジさんの指導や助言にお寺の方々は納得されますか。

 抽象論ではだめですね。理論立てて説明するのはもちろんですし、お寺に人が集まるとか収入が増えるとか……きちんと結果で示すことが大切です。

「新しい価値を生み出す場」としてのお寺の可能性

━━アンカレッジが関わった樹木葬が好調である理由として、性的マイノリティや内縁関係にあるカップルなど、様々な背景や複雑な事情のある人々にも門戸を閉ざさないお墓にするというコンセプトが支持されているとのこと。そのあたりについて少しご説明いただけますか。

 現在の日本の法律では同性同士の結婚は認められていませんが、お墓に誰と入ろうがそんなことを規制する法律は特段ありません。妨げになっているのは、法律ではなく風習や偏見です。

 LGBTについては、私も当事者の方に色々とリサーチしたことがあるのですが、現在進行形の方も含め、やはり親との関係に苦しんできた方が実に多いのだなぁと感じました。

 たとえば同性愛カップル。先祖代々のお墓を承継してカップルでお墓に入ることを、ご両親に認めてもらうことも容易ではありません。

 万が一、それを認めるという家族の意思が固まったとして、お墓のあるお寺にそれを申し入れるとどうなるか。ご僧侶によって反応は異なるでしょうが……大方、他の檀家さんの了解を得るのは難しいなどの理由で永代供養墓など勧め、一般墓はご遠慮下さいということになるでしょう。

━━確かに継承していく家族のお墓となると、非常にハードルが高いですね。

 同性愛はイスラム教やヒンドゥー教では固く禁じられ、場合によっては死刑に相当するとされますが、じゃあ仏教は寛容なのかといえば決してそうではなく、まるでそういう人が存在していないかのように黙殺してきました。

 実際に性的マイノリティは人口の約1割を占めます。特に若年層では、周囲の心ない言動に傷ついたり、それを苦にして希死念慮(自殺願望)を抱いたりする若者が少なくありません。

 こういうときこそ宗教家の出番だと思うのですが、そうした話を持ちかけても多くの住職は「そんな相談は受けたことがない」とおっしゃいます。私は言います。「死のうかと思うほどの悩みを抱える人にとって、お寺は相談を受けていただける対象と見なされていないということです。それでいいんですか……」と。

画像4: トップインタビューvol.12 株式会社アンカレッジ 代表取締役 伊藤照男氏

━━そういう伊藤さんの話に耳を傾けるお寺もありますか。

 はい。現在、我々は支援先のお寺を会場に、「空と、木の実と。」というドキュメンタリー映画の試写会を開く活動を積極的に進めています。

 「LGBTなんて若者に固有の話でシニア層にはそんな人はいない」。こんなことを言う人がいますが、その映画の登場人物の一人は撮影当時92歳の方です。男性であることに違和感を持ちつつも戦争に招集され、戻ってきてからは著名なチェロ演奏家として活躍し、音楽大学で定年まで教鞭を執ったものの、「女性として生き、女性として死にたい」との思いが高じ78歳で性別適合手術を受けました。

 当然ながらお寺によってLGBTに対する理解には温度差があります。それでもこうした映画の試写会をするお寺は、仏教界の大勢とは異なって、目を背けることなくそういう現実と向き合おうとしているということが、一般の方に少しずつでも伝わると思います。

━━これからのお寺はどうあるべきなんでしょう。

 私が最も改めるべきだと感じるのは、懐古趣味的な考え方や行動です。伝統を守ることばかりに執着し、今を生きる人々の求めから目を背けることです。

 昔はそうではありませんでした。当時としては最新の高度な技術を用いてお寺は建設されました。またその時代において最も先進的かつ創造的な芸術作品が紡がれ展示・収蔵される場でもありました。世界を見渡してみても、宗教施設というのは文化と教育の最先端基地だったのです。

 そういう観点からお寺の在り方を再考すべきです。例えば現段階ではマネタイズが難しくビジネスベースに乗りにくいような試み━━プログラミング教育やドローンの訓練、中高年を対象としたリカレント教育(生涯教育)など━━に対して教育機会を提供して学んでもらうとか。

 その分野の専門家を講師として呼ぶのが難しければ、最初のうちは各人の得意分野について教え合う形でも構いません。そういった「新たな価値を生み出す場」としての可能性を追求すべきだと思います。

━━今後のアンカレッジの目標について教えて下さい。

 まずは支援するお寺の数について50件まで増やしていきたいと考えています。また現在は、売上の約95%を樹木葬が占めており、それ以外の割合をいかに増やしていくかが課題だと認識しています。

 不動産賃貸経営を行っているお寺も少なくありません。お寺全体の将来計画を踏まえて総合的にマネジメントして欲しいという依頼も寄せられており、今後は宗教施設としての価値付けを進めつつ、それと整合する形で、駐車場などお寺が所有する不動産の有効活用についても業務として取り組みたいと考えています。

 それからお寺から人材を派遣して欲しいとの要請があり、既に一部のお寺で着手しています。僧侶をするわけではありませんが、やはりお寺の裏方の実務を支える人材が求められており、そういったニーズに応えるべく、今後人材派遣を業務に加えていくつもりです。これらについては今後3年間くらいを目途に実現したいと考えています。

━━より長期を見据えた将来像についてはいかがですか。

 将来的にはお寺のM&Aをお手伝いしたいという目標を描いています。寺族も少子化、晩婚・未婚の流れの例外ではありませんから、家族経営の寺院運営から、組織経営の寺院運営になっていくことは避けられないと思います。

 その際には、一般法人のM&A同様に、お寺が持つ不動産のデューデリジェンス(資産査定)はもちろん法律や財務、税務など幅広く奥深い知見が求められます。我々も今は勉強中ですが、然るべき時にはその旗を立て、その再編にコミットすることで「お寺のあるくらし」の実現に貢献したいと考えています。

インタビュー・構成=甲幡太一

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最近読んだこの本

伊藤社長に、最近読んだ本の中でおすすめの一冊をご紹介いただきました。

『動く墓──沖縄の都市移住者と祖先祭祀』越智郁乃(立教大学助教)著

 「著者は沖縄を対象に、お墓文化の変遷についてフィールドワークを積み重ねて得られた知見を紹介されています。お墓や弔いの分野において、我々が古来より受け継いできた伝統や文化的風習であると思っている事柄の中に、実は非常に歴史が浅いものや、年月の経過とともに変容し続けて今日に至っているものが多いとのこと。

 私自身も樹木葬のビジネスをしていて同様な事実を発見することもしばしばで、共感を抱きつつ読ませてもらいました。」

【プロフィール】伊藤照男(いとう・てるお)

1975年生まれ。北海道北見市出身。不動産や店舗内装、出店コンサルティングを手がける企業の社長などを経て2012年に(株)アンカレッジに入社。2015年に社長就任。創業者である道往寺住職の柏昌宏氏(現アンカレッジ取締役)と二人三脚で、寺院の経営改革と樹木葬の普及に邁進している。

▼アンカレッジ公式サイト
https://anchorage.co.jp/

<アンカレッジのキラリビト>


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